あいむのゆっくり記録。

〈抑うつ神経症〉と診断された精神病患者の回復記録。

精神科通院を始めるまでの私

こんにちは。

今回は、自己紹介を兼ねて、私の自覚症状、精神科を受診しようと思ったきっかけや経緯などについて書いていきたいと思います。

この記事を読めば、自分と似てるなとか、その他の記事が自分にとって参考になりそうかとか分かるのではないかなと思うので、読んでみてください。

 

 

精神科通院を始める前の私

私が精神科通院を始めたのは、20代後半頃です。

それまで何も自覚症状がなかったのかというと、そうではありませんでした。

恐らく〈普通ではない〉のであろうと自覚しながら、そんな自分をそのまま受け止めて生きていました。

実際には、こんな自覚症状がありました。

簡潔に書くと、死にたいと思っていたという事なんですけど、私の場合は何か嫌なことがあったから死にたいと思うわけではありませんでした。

そもそも、死にたいんです。

自己肯定感が低いからか自分の存在価値がわからず、いないほうがいいと思い、生きたいという感情や意思がないという状態でした。

いつも心の奥底には死にたいという気持ちが渦巻いていて、時々それが大きな波のようになって心の中を覆い尽くすような感じでした。

何度か自殺しようとしたことがありました。

死ねなかったから、今まだこうして生きています。

死にたい気持ちを抑えるために死に方を調べていたこともありました。

冒頭でも書いてありますが、〈普通ではない〉と認識しています。

と言っても、自分が〈普通ではない〉と認識を改めたのは20代に入ってからの話です。

「死にたい」という感情があることは、私にとって、とても自然で当たり前のことでした。

だからとてつもなく死にたくなって辛くてどうしようもなくなることも、誰にだって訪れることだと思っていました。

しかし、ある時から「生きたい」と思うことが〈普通〉だということに気づき始めました。

例えば、目の前に殺人鬼が現れたとしてどうするかとか、明日死ぬとしてどうするかとか、死期が迫ってるとして残りの寿命を聞くのかとか、そういう話になった時、決まって私は「できるだけ早く死にたい」という気持ちで答えを出していました。でも、他の人の回答は決まって「生きたい」という気持ちが根底にある回答でした。

そういうことを目の当たりにするにつれ、「死にたいと思ってることは〈普通〉ではないんだな」とようやく気付きました。

 

精神科を受診したきっかけと経緯

 

これまで精神科を受診しなかった理由

私は、〈普通ではない〉と自覚しながらもそのままの自分をそうと受け止めていたので、精神科を受診するつもりはありませんでした。

誰かに頼らずとも、そのままで生きていけていましたし、病名が付くと私の場合悪化してしまうのではないかという不安がありました。

だから私はこれまでもこれからも、そのままの自分でどうにか生きていくのだろうと思っていました。

 

初めて精神科受診をしようと思ったきっかけ

何がきっかけか分かりませんが、ある時から、毎月のように強い希死念慮に襲われるようになりました。

それまで感じていたようなものではなく、生きている自分を激しく責め、どうしても死にたいと強く思う感情でした。あまりの希死念慮の強さに布団から出る事すらかなわないこともありました。

それも一日限りではなく、数日、長いと10日、2週間に及んでいました。

その頃の記録をまとめたものがこちらの記事です。参考までに。

danslelent.hatenablog.com

あまりに強い希死念慮と、毎月のように続くことに異常さを感じ、私は精神科にかかったほうがいいのではないかと思いました。

そうして、自分で精神科を調べ、初めて精神科への受診をしました。

これが一度目の精神科通院でした。

通院するにあたって、お医者さんには初めから薬での治療をしたくないと伝えていました。それは、精神科の薬は依存性が高いものもあり、使い始めると増える傾向にあると思っていたので、できるだけ使いたくなかったからです。

臨床心理士の方のカウンセリングを希望し、通院のたびに話を聞いてもらったり助言などをもらったりしていました。

通院を始めてから精神的に安定して、何でも話せる人がいるってそれだけでとても楽になるのだと実感しました。

でも、数回の通院ののち、徐々に自分に対して不安を感じます。

精神的に安定しだして、「死にたい」と思わなくなってきた気がする。だけど、「死にたい」と思わなくなった私は、果たして〈私〉なのか?

さらに、見栄っ張りな私は自分でも気づかない間に平気なフリをしてしまい、カウンセリング終了直後に気分が落ち込むようになりました。

そうして迎えたある通院予定の日、私はひどく気持ちが落ち込んで布団から動けなくなってしまい、そのまま連絡することなく通院を休みました。

数時間経って、ある程度気持ちが落ち着いてから病院に連絡しましたが、そこはやはり精神科なので、次回予約は1ヶ月以上後になってしまうと言われました。

自分が感じた不安、通院した時には見栄を張ってしまうこと、実際に辛いときには通院すらままならない自分の現状から、私は精神科への通院をやめて、自力で対処していこうと思いました。

もはや「死にたい」と思っていることがアイデンティティとなってしまっている私には、「死にたい」と思わなくなることが怖かったです。

だから、「死にたい」と思っている私をそのまま認めて、それでもどうにか生きていくという選択をしました。

 

精神科への通院を始めた経緯

それからも自分なりに希死念慮と闘いながら生活していた私に転機が訪れました。

コロナです。

私自身がコロナに罹ってしまい、療養に伴い仕事を休むことを余儀なくされました。

体調の不良、コロナ患者として隔離された空間、迫る各種支払い。

そして療養の期間を終えて、唐突に隔離から解放されて、私は現実味のない空間に放り出された気持ちになりました。

隔離からは解放されたけどもまだ働けない現実、迫る各種支払い、まだ残る後遺症。

その日、私はまた激しく強い希死念慮に襲われました。

どうしてもどうしても死にたくて、実際に死のうかと動こうとして、思いとどまって、ということを何度も繰り返しました。

苦しくて、辛くて、遺書を書きながら誰かに助けてほしいと思いが沸き上がってきた私は、泣きながら、死にたいという感情で埋め尽くされてる頭で必死に悩んで、ついに母に助けを求めて電話をしました。

そして、その電話の翌日、母に付き添われ精神科を受診しました。

 

精神科通院をしている私

今の私は、月に一度カウンセリングを受けながら、薬物療法を受けています。

薬のおかげもあってか、激しく落ち込むことも、激しい希死念慮に駆られることも今はありません。

でも、あの激しい希死念慮に駆られたあの日から、気力と体調に左右され、出来ることも限られている現状です。

それでも、私なりに前向きに生きていこうと心に決めて、毎日少しずつがんばっています。

抑うつ神経症〉と診断され、今までの私は軽度のうつ状態だったと診断されたと知り、複雑な気持ちを抱え、もっと早く精神科にかかっていればよかったのではないかと思う日もあります。

これまでもそうであったように、私は私自身のこの希死念慮や軽度のうつ状態とうまく付き合いながら生きていかなければいけないのだろうなと思います。

そんな私の記録をこれからも書いていこうと思うので、こんな私の体験も、誰かの参考になりますように。

これからもどうぞ、よろしくお願いします。

 

※この記事の〈今〉は投稿当初の状態のものです。

現在は状態が変わっている可能性もあるため、

現在の状態などは最新の通院記録をご参照ください。